「水のいのち」特別練習
2022(令和4)年 5月14日(土)
「水のいのち」特別練習 三鷹市公会堂 光のホール
2020年3月以降、武蔵野合唱団は、通常の練習・演奏活動を自粛し、10月からは、リモート練習が活動の中心でした。状況の推移に一喜一憂しながら、モニター越しに励ましあうように練習する日々が1年以上続き、ようやく今年になって、対面練習を再開することができました。とはいえ団員140名のうち、1回に練習できる人数は40名ほどに制限され、それぞれの団員が参加できるのは、せいぜい月に1〜2回程度。当団の醍醐味たる“大合唱”に、思う存分浸るというわけにはいきません。そんな中、全員が一緒に歌う機会を作ろうと、客席数700余りのホールを借りて実施したのが、この日の「特別練習」でした。
「水のいのち」は、5曲からなる組曲で、長いリモート練習の期間に、私たちの心を支えてくれた練習曲の一つ。この合唱団も長年にわたって歌い継いできました。
午後6時。ホールに集まったのはおよそ100名。入口での体温測定、人の流れが重ならないようにする動線の工夫、ディスタンスを保つための立ち位置の指示など、多くの担当団員の手をわずらわせた苦労が至る場所に見られます。でもみな一様に、マスクの上からでもそれとわかる明るい表情。
指揮の佐藤洋人先生、ピアノの岩下真麻先生が、ステージ上から客席に立つ合唱団を見下ろす形で練習がはじまります。
前奏、岩下先生のピアノの音が慈愛の雨のように降りそそぐ。
降りしきれ 雨よ 降りしきれ
すべて 立ちすくむものの上に また 横たわるものの上に(第1曲「雨」より)
一曲歌い終わったところで、佐藤先生はすぐに、第3曲「川」を歌うように指示します。この組曲の中でも、いらだちや怒りといった感情を吐露する、フォルテシモで歌う箇所の多い曲。まず、大きな音を出すことで、声の響かせかたを思い出すようにとの指示でした。
何故 さかのぼれないか
何故 低い方へゆくほかはないか (第3曲「川」より)
「マスクで歌いづらいでしょうが、その存在を気にしすぎている。みなさんは今日この場所で集い、歌うことを許してもらっている。その自由をもっと感じて、声にして欲しい。」と、佐藤先生の言葉。
たしかに、私たちの声が縮こまっていたのは、思い切り声を出せる時間が少なかったことやマスクのせいばかりではなかったようです。今もまだ、外に一歩出れば、手元に憂鬱な情報が届き、笑顔で歌い集うことがはばかられる空気が泥のようにまとわりつきます。日常の中で私たちは体だけでなく、心までも萎縮し、目の前の小さな自由に戸惑っていたのかもしれません。
だが わたしたちにも いのちはないか
空に向かう いのちはないか (第2曲「水たまり」より)
人でさえ 行けなくなれば
そなたを さしてゆく
そなたの中の 一人の母をさしてゆく (第4曲「海」より)
今日この日を迎えられたのは、仲間の声を身体全体で感じながら、自らものびのびと声を出す自由を楽しみたいという、いちずな願いがあったからです。換気のための30分ごとの休憩を挟んだ、2時間に満たない練習でしたが、私たちの凝り固まった心と体が、佐藤先生のご指導と岩下先生のピアノによって、ゆっくりと解きほぐされていくのを感じることができた、貴重な、特別な練習でした。
のぼれ のぼれ のぼりゆけ
みえない つばさ いちずな つばさ あるかぎり
のぼれ のぼれ のぼりゆけ… (第5曲「海よ」より)